参加された方の感想〜五感・ダイアログキャンプ/よるの森のハイキング〜

注:ビジネスパーソンから寄せられたコメントを引用させて頂いています。

注:下の”自分との対話”(内省)、”他人との対話”、”メンタルヘルス”は、相互に密接に関係しているため分けることは出来ませんが、あえてコメントの主な要素から分類を試みました。


自分との対話・気づき

・「よる森」では答えのないものを探すんですよ。感じるのも感じないのもあなた次第ということだから超主体的に。自然は多様だし何でも持っているから、自分が鳴らした鐘の音が響くのも、それを捉える自分の感覚で何とでも聞こえる。「答えは自分の中にあるよ」という、とても大きな受け皿みたいな感じがします。だから本当に自分を感じたい人にはとても向いてると思います。

[経営者(男性)]

 

・「自分にこんな感覚があったのか…」といった発見や「子供の頃は色々な感覚情報を取り入れていたな…」といった再発見がありました。都会に住むようになり、そして大人になるにつれて、いろんな感覚を使う機会が減っていたのだなぁと実感しました。

[会社役員(男性)]

 

・「五感を研ぎ澄まし、今に心を寄せて味わう」リトリートと表現すればよいのでしょうか。昼、夜、朝と、森に入り、自然に身を寄せてネットの接続は一旦中止。風、空気、空、木、森、土、水に触れました。特に、夜の森は、一切の人工的な光を用意せず、月明かりのみで照らされた真っ暗闇の森の中に案内して頂きました。虫の声、シカの鳴き声などが聞こえる中、地面に寝っ転がって、月と星を見上げ、思考することを止め、今のココに心をそっとおく。それは、まあ、非日常の贅沢な時間でした。

[マインドフルネス指導者(男性)]

 

・真っ白な雪の中、大地に身をあずけ、しだいに五感が研ぎ澄まされていく中で、自分の内側へとフォーカスする…そんな時間を過ごしました。

[会社員(女性)]

 

・「五感・でこぼこ・思い思い」の3つのルール。このルールで過ごした24時間は、相当久しぶりに自分のこころにものを映す時間になりました。自分が 何で世界を見ていたかというと「脳」で見ていて それはどこか、自分の「心 」とは距離がある鏡のような感覚です。森で過ごした一日は、同じ目で見たものが「心」に映っていて それは自分の中の水鏡に映っているような感覚です。

[クリエイター(女性)]

 

・山を登る人は 山に登ることが「目標」になる。道中でプロセスを味わうことが少ない。「目的」を忘れた「目標」は 次の「目標」探しで疲弊する。何故・何のためかを意識することが「目的」…「五感を開放する」そのために森に来たのだとわかった。

[経営者(男性)]

  

・しばらく森に居て、今度は頭に浮かんでくることに自由に自問自答していると、自分にとって大切なこと、それほどでもないことの輪郭がなんとなくはっきりしてくる。誰にも何にも評価されない時間・空間が、自分が毎日抱え込んでいる大小様々な荷物を一旦降ろしやすくさせてくれるような気がする。

[経営者・コンサルタント(男性)]

 


他人との対話・気づき

・夜の森では、暗さとともに「一人で存在する」ことや、一人で歩く中で「自己」をより一層 感じるのですが、同時に「他者の存在」を強く意識しました。 「他者の気配」「他者のリードがあるので大丈夫」という安心を感じる体験をしました。 古民家でいろりを囲む食事や語らいも都会では体験できないものです。

[経営者・コンサルタント(女性)]

 

・自然の中には自由に喋れる空気があるんですよ。会話も選べるし、言葉をゆっくり選んで丁寧に会話が出来る。言い直せる余裕もある…それが安心感に繋がってより喋りやすい環境になるんだろうなって思いますね。ゴールを作らないで会話が出来るんですよね。それがいいですよね。

[会社員(女性)]

 

仕事で会食をする時、人間関係には緊張感があるじゃないですか。森で解きほぐされた仲間と食べたら(子どもの頃一緒に作ったカレーライスが美味いのと同じような)、イコールパートナーみたいな感じですぐに打ち解けることが出来る。気を使わなくていい、もっと自分の本来の姿を出しているというふうになる。

[経営者(男性)]

 

・研修と「よる森」ってちょっと違うと思います。仕事のスタンスやチームワークに関する研修を受けると押し付けられているように感じることがある。一方で「よる森」では自分がどう感じるか。結果的に行き着くところが同じでも、感じろと言われるものと、自分が感じるものとでは全然違う。自分の潜在的なものを引き出してくれるのが「よる森」だと思います。

[会社員(女性)]

 

・一緒に食事をするとか、焚き火をするとか、囲炉裏端にいるというだけで、ある種の連帯行動。そこでは「同じ釜の飯をくう」みたいな一体感が出てくる。日常や東京の生活では得られないものだと思う。

[経営者(男性)]

 

・ひとりで山を下りながら湧き上がる雲や向かいの山々を眺めていると、心の中で何かが飛び出そうとしている。童心?やまびこできるかな?子どもの頃に何度か叫んだ記憶がかすかに蘇ってくる。「何も起こらなかったらどうしよう」「こんなに静かだし、仲間に絶対聞かれる」「失敗したら恥ずかしい」という思考が邪魔をする。子どもだったら考えずに出来るんだろうなと思ったとき「いまここでしか出来ない」「やまびこが成功するかどうかより、この頭でっかちな自分の殻を破らないと」という想いが強くなった。勇気を出して向かいの山に向かって腹から叫んだ。やまびこは失敗した。でも、下にいる仲間のひとりが「ヤッホー」と返してくれた。

[会社員(男性)]

 

・「人って話し(放し)たがっているんだ」と気づいたのですが、その「人」とは私自身のことでした(笑)。

[心理カウンセラー(女性)]

 

・森で寝転んでいると、時には ” 虫 ” 、時には ” 土 ” 、時には ” 葉っぱ ” になったような気分になるのですが(笑)、それは色々なものを捨てるような感覚で、例えば、今抱えている仕事、他の人にどう見られるか、どう思われるかなんて、森では全然関係ないんですよね。

[経営者・コンサルタント(男性)]

 

  


メンタルヘルス

・森に来ると、自分の内側から何かが起こってきます。ゆっくり森の中を歩き落ち葉を踏みしめる。空気をいっぱい吸う。そして渓流の岩の上に寝転んでみる。森の中にいるだけで、おそらく誰しも本来自分が持っているとっても大事な感覚を呼び起こしてくれて、なんだか気分が良くなってくることをはっきり感じることができるのです。
[経営者・エグゼクティブ コーチ(男性)]

 

・自分の感覚を思い出しました。森では街にいる時と違うけど、街でもこのままでもいいのかなという感覚をもちました。

[会社員(女性)]

 

・森に入って自分の周囲で起こっていることに意識をなんとなく向ける。しばらくすると、だんだん五感が開いてくる。様々な小さな音が耳に届き、様々な気配や小さな動きが森の中でひっきりなしにあることに気づく。すると、並行して、自分の頭の中の日常的なことが一旦追い出されてそこに意識が向かなくなる。

[経営者・システーム コーチ(男性)]

 

・五感で思いっきり森と雪と春を感じ、心ゆくまで遊べました。3回目なので、森を訪れて気持ちを放つことや、素直に感じ感謝することもスッと入れるようになった気がします…自然ってやっぱり美しくて怖くて楽しくてツラくてあらゆる意味で偉大だなぁ。

[経営者(女性)※家族参加]

 

・都会で普通に生活している時は「自分の内に意識を向ける」って頭では分かっていて、自分でも向けているつもりなんだけど、常に他人もいるし何か目的があって動いているわけだから「返し」を求めるんです。他人からどう見られているかとか、自分がやったことに関して何かが必ず返ってくるっていう感覚。自然の中に行くと、自然がそこにあるだけで何かが返ってくるわけではない(笑)。その中にいると相手(自然)に求めなくなる。そうすると何かを外に求めるのを諦めて意識が内側に向く。「私って何でこんなに疲れているんだっけ」とか「私をこんなに疲れさせる一番の要因は何なんだろう」とか。相手(自然)が返してくれなくなると、自分と向き合い始める、向き合いやすくなるっていう感覚がありますね。

[会社員(女性)]

 

・森では意識して内省しようとしていません。がんばって振り返ろうとしたり、誰かに強いられて内省するのはつらいです(笑)

私の場合は、森で ” 元気になる ” というより ” 穏やかになる ” 感じがします。

[経営者・コンサルタント(男性)]

 

・森は素の自分に戻れる場所でした。この体験を胸に秘めながら、また頑張っていきたいと思いました。

[会社員(女性)]

 

・「森」って言葉は昔から知っているけどいったい何?童話や童謡でしかお目にかかることなかったがついに体験することになった。雪の山で遊ぶ、焚火をする、よるの森を歩く、朝の湖面に映る陽光、雪のつもるこの時期にしか辿り着けない場所etc…。主催者の河村さんが「forestって for restって書くんだよね」と言った。あ、確かに!休むってことか?有意義な休日だったことは間違いないがそれだけでもなさそうだ。スッキリ軽くなった。でもなんだか豊かになったような気もする。

[教育者(男性)]

 

・自分に意識が向きました。日々生活していく中で、自分の気持ちをしっかり確認しながら、一つ一つ前に進めそうな感じがします。

[会社員(男性)]